iPhoneのある生活(午後編)

「iPhoneのある生活(午前編)のつづき」
昼飯のときは右手に箸、左手にiPhoneがお約束だ。食事をしながら産経新聞やウェブニュースを見るのも良し、
 "産経新聞(App Store)"
App Storeへアクセスしてアップデート情報や新作アプリをチェックするのも良し、英語がわからないながらもNHK WORLDの放送を見るのも良し。
 
NHK WORLD(App Store)
私のiPhoneフラップ付きのケースに入れているため、フラップ部分を後ろに回せば机の上に立てられるのでスタンド代わりにもなる。フラップを閉じれば液晶パネルの保護にもなるので都合が良い。
また100円ショップには"このような"名刺スタンドが売られている。これがiPhoneのスタンドにちょうどいい。自宅と職場にそれぞれ用意しておくと重宝する。


勤務中に空いた時間ができれば、RSSTwitterをマメにチェックする。iPhoneからのブログ更新も可能だ。iPhoneは常時接続でアプリの起動や動作、表示が高速のため、わずかな時間でもチェックや作業ができるのがうれしい。WMスマートフォンではこうはいかなかった。


たっぷりある仕事は効率よくテキパキと進める。早め早めにこなす。残業をしたくないからだ。残業で金を稼ぐか、早く終わらせ自分の時間を稼ぐかどちらがいいと言われたら、もちろん後者を選ぶ。金は無くても無いなりに過ごせるものだ。
「そんなことはない。生活費だけでも大変なんだ!」と反論する方がいるかもしれないが、あなたよりも貧しい人はいくらでもいる。彼らは金が無くても無いなりに過ごしているのが事実である。
この世に生を受けた自分の時間には限りがあるのだから、その貴重な時間を安価な賃金のための労働に消費したくはない。また、いくばくかの収入を得たところで、自分の欲望を満たすために浪費してしまうだけである。浪費すればするほど欲求は高まり、喜びの度合いは低くなる。
フェラーリを乗って人目を感じながら見栄を張るのと、安価な車に揺られながら、着の身着のままのんびりドライブへ行くのとどちらが幸せか?
高価な装飾品をキラキラと身に着けるよりも、2つとないピンク色に輝く貝殻に目を奪われ、それを自分で磨いてさりげなく身に付けているのと、どちらが美しく魅力的か?
新築のだだっ広い部屋の片隅に置いてある机に向かってPCを使うのも、6畳間にある机に向かってPCを使っているのも、その場の環境は同じではないか?
大金を使って海外の景勝地でくつろぐよりも、四季があり自然豊かな近場の森や山でくつろいだほうが、時間が有効に使えて幸せではないだろうか?


結局、幸せなんて自分の考え方や捕らえ方一つでどうにでもなる。金額に換算することで幸せに感じてしまう考え方を持ってしまったら、お金に振り回され苦労するだけ損だ。
わずかなことでも、ささやかなことでも、十分幸せに感じる鋭く敏感で繊細な感性を持ち続けていたい。貧乏を克服するための、人生を幸せにするための技の一つだと思っている。
そのためのポイントは、人とは比較しないこと。比べるのなら、自分よりも生活に苦労をしている人と比較すること。そして衝動買いや無駄遣いをしないこと。
物欲にしても「いいなー、欲しいなー」という気持ちの時こそ幸せであり、買ってしまったら幸せな気持ちは急速に衰える。そして再び幸せな気持ちを呼び戻そうとし、買い物の無限ループに陥ってしまう。気付けば押入れにはガラクタが満載になり、贅沢でわがままな子供のおもちゃ箱と同じ状態になってしまう。だからと言って、何でもかんでも買ってはいけないというわけではない。自分にとって必要なものや有意義ものは惜しげもなく買うべき。その一つがiPhoneだw
今もなおカウントダウンしている自分の限られた時間を有効に使うためにも、ポケットからサッと取り出し多くの作業を快適な操作性でテキパキとこなせるiPhoneは、自分の人生に幸せと充実をもたらしてくれる、とても便利な道具なのである。


iPhoneのある生活(夜編)へつづく。。。